「量より質」は正しいのか

先日、中学生から「勉強は量より質ですよね?」と聞かれて考えていたのですが、「質が伴って量が多い状態 vs 質が伴わないで量が多い状態 vs質が伴って量が少ない状態 vs 質が伴わないで量が少ない状態のどれが良いですか?」という質問が適切だと考えました。

シンプルに答えると、「質が伴っている状態を目指すのは大前提で、学習量(学習範囲)は多い方が良い」ですね。

そもそも成果を出せていない勉強初心者の状態だとすれば、量から逃れて質だけを高めることは至難の技。「量より質」は量から逃れるための言い訳になりがちです。最初から質の高い勉強ができてしまう天才もいるかもしれないけれど、私のような凡人は、まずは量が必要で、圧倒的な量をこなしていく中で質が高まっていくと感じています。その先に「量が不要な状態」になっていく。但し、質を意識せずに量をこなしてもやった気になるだけで、質は高まりません。一番最初は、「質を意識した量」が必要というのが私の答えです。

「質を意識した量」→パターンが掴める→「量に依存せずに、質が高くなる」のかなと思います。

勉強のやり方で言えば、

「正しい勉強のやり方を意識して圧倒的な量をこなす」→「自分の成功パターンができる」→「成功パターンが掴めたから無駄なく、勉強できる」=「(量がなくても)質の高い勉強ができる」

野球で言えば、

「コーチに言われたやり方で1000回素振りする」→「自分の打てるパターンができる」→「1000回素振りしなくても無駄なく、練習できる」=「(量がなくても)質の高い練習ができる」

プロ野球選手は、中学高校時代に死ぬほど素振りしたと思いますが、おそらくいまはそこまで素振りを繰り返しはしない。するかもしれないけど、中学高校時代の成功パターンを作る段階ほどの量は必要ではないと思います。(もしかしたらさらに質を高めるために、圧倒的な量をやってる選手もいるかもしれませんね)

それと同じで、まずは成果を出したり、自分なりの成功パターンが掴めるまでは圧倒的な量が必要です。成功パターンが掴めたら、20点満点の小テストで満点取るための勉強時間は、減らすことができるようになるでしょう。狭い学習範囲であれば、質を高めることにより、量は減らしていくことができます。いままで10時間かかってたのが、5時間でできるようになる、みたいな。気づいたら、左上ほど学習量はいらなくて、左下くらいで十分になっている。

一般に子どもたちに聞かれる「量より質」はこの下の図の「左下vs右上」な気がします。「質を伴った勉強ができる状態になった子」は、「質が伴わない勉強」をしている時間はもったいないので、この場合、たしかに「量より質」ですね。ただし、繰り返しになりますが、「質を担保できる力があること」が大前提です。まずはその状態になるまでには量が必要、というのが私の考えです。

ただ、大学に合格するまで(本来は大人になっても)、勉強において量から逃れる方法は、目標を落とす(or学習範囲を狭めるor成長をやめる)こと以外ありません。なぜなら学ぶべきことはたくさんあるからです。「勉強の仕方の成功パターン」が掴めたら、今度は「さまざまな問題を解く成功パターンを掴むための圧倒的な量(or新しいことを学んでいくための圧倒的な量)」が必要になっていきます。つまり学習範囲を広げていくということです。

「学習量」だけだと同じことを繰り返すとも捉えられるので、「学習量(学習範囲)」の方が適切ですね。(と気づいて途中から図に”学習範囲”を追加しました)

「質の伴わない量」を減らす努力は必要だけど、「質の伴わない量」を減らせたら、別の学習範囲で「質の伴う量」を増やして行った方がより成長できることは間違いないですよね。これが◎と◯の差です。

C.schoolが「勉強の仕方を教えること」や「学習計画を立てるサポート」を大切にしているのは、質を高めるため(&質の向上スピードをあげるため)です。同時に、通塾してくれるみなさんの圧倒的な量(努力)が必要なことはここまで述べた通りです。どんなに良いコーチがいても、素振りをしない選手は成長できないのと同じこと。だからこそ、中学生部門においては、今回の試験前では最大80時間通える体制を整えていますし、高校生部門は開講日いつでも通えるようにしているのです。量の面でもサポートしたいから。

ということで、ともに「質が伴っていて、学習量(学習範囲)が多い」状態を目指して、たくさん学んで成長していきましょう!たくさん学んだ方が人生楽しいですよ(たぶん)